本来の遍路道②仙龍寺・不動堂から堀切峠経由で平山へ

江戸時代、三角寺から地蔵峠を越えて仙龍寺へ下って来たお遍路さんは、仙龍寺から打ち戻って、現在の不動堂から市仲集落を抜けて堀切峠の峰の地蔵尊まで上り、その後、土佐北街道を合流して平山へ下っていました。

ちなみに澄禅は堀切峠から法皇山脈の尾根を通り境目峠に向かったようです。

現在、仙龍寺から平山へ向かうルートは、銅山川に沿って進み、堀切トンネルを抜けて、県道五号線を下って平山へ至る車道が主流になっています。しかし、このルートは堀切トンネルが開通した後の新しいルートで、本来の遍路道ではありません。

是非、いにしえの風情が感じられる本来の遍路道を歩いてみてはいかがでしょうか。

中務茂兵衛道標が示す方へ足を踏み出すと、幾つもの倒木が行く手を妨げています。倒木の下には、昔、この場所に建っていた遍路宿やお茶屋さんの遺構がの残っていて、ここが四国遍路文化を知る上で重要な地であることがわかります。

倒木を越えて先へ進むと、道幅が狭くなり、雑草を踏みしめながら進みます。

ほどなく左側に農道が姿を現します。そのまま直進し、林道を谷へと下ります。

沢を渡り、林道を上り始めると、倒木が行く手を阻んでいます。倒木をくぐり抜けると、右側の谷に向かって道が流されています。道だっただろうと思える痕跡を頼りに進むと、やや幅の広い道が姿を現します。足元は荒れていますが、歩行に問題はありません。

左側にひっそりと建つ地蔵丁石がここが遍路道であることを教えてくれています。

やがて左側に生活道の存在がわかるよになり、ほどなく生活道に合流します。

生活道に入ると、しばらく整備された道が続きます。

市仲集落を眼下に見下ろす場所では、景色が広がり、絶景と解放感に心が躍ります。

生活道から左側の細い坂に入り、坂を上って行くと、左側に古い標石が残っています。真念の道標です。

真念の道標を過ぎて、小さな集落を抜けてゆきます。

中務茂兵衛道標から生活道合流まで

②生活道合流から市仲集落まで

民家が姿を消し、地蔵丁石が次々に姿を現す道、しばらく足元は整備されています。

小さな集落から遠ざかるに連れて道の雰囲気が変わって行き、やがて大嶽神社の鳥居が現れます。

大嶽神社の鳥居を過ぎると、未舗装の山道に変ります。いくつか倒木が行く手を阻んでいる場所もありましが、ゆるやかなアップダウンを繰り返しながら堀切峠へ向かう道は、歩きやすいです。古い地蔵丁石、木漏れ日の林道、整備された橋、風情あるいい道です。

やがて道は二手に分かれます。その分岐点、左側に地蔵丁石が建っていて、右の道にへんろ道の赤い文字が見えます。

本来の道は左側で、右側の道は鉄塔道です。鉄塔道の方が歩きやすい状態です。

左側の道を進むと、荒れていて、雑草が生い茂る場所を過ぎると、間もなく堀切峠の車道に出ます。

車道を横切り、車道に沿う細い道に入ります。

車道に沿って進み、右へ曲がり、坂を上って行くと、峰の地蔵尊に到着します。

①市仲集落から大嶽神社まで

②大嶽神社から峰の地蔵尊(堀切峠)まで

峰の地蔵尊から下り、尾根道を横切って山道を下ります。

新しく整備した広い道(林業用の道?)を右へ進んでほどなく、左の山道に入ります。

林道を下って行くと、土佐北街道に合流します。合流地点には遍路道の道標と土佐北街道の道標が背中合わせに建っています。

ここから平山坂を下ります。

雑草が生い茂る平山坂は、シダに覆われて足元が確認できない場所もあります。

青いベンチ、その前の地蔵丁石を通過し、石や枝、倒木が散乱する急な坂を下ります。

中務茂兵衛道標まで下ると、平山集落はもうすぐです。

突然、姿を現す廃車の傍を通り、畑に沿う荒れた道の後、地蔵丁石から民家の方へ下ります。

平山集落に入り、生活道から細い坂道を下ってゆくと車道に出ます。

車道を横切ると、遍路道の道標と地蔵丁石、土佐北街道の道標が建っています。

ここで土佐北街道は左へ、遍路道は右へ、分かれます。(平山へんろわかれ)